新型コロナウイルス感染症(2)
井上病院 理事長 井上文之
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1.新型コロナウイルスの特徴
図1は新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真です。ウイルスの表面に突起があり、これが王冠のように見えることから、ラテン語で王冠を表すコロナという名がつけられました。 - 大きさは1万分の1ミリの大きさで、病原微生物(正確には生物とは呼べない程小さい)としてはこの地球上で最も小さい病原体です。
- よくテレビなどで、図2のような棒グラフを見られたことがあると思います。なぜ人が動くと感染が拡がり、なぜロックダウンすると感染が収まってくるのでしょうか。
▲図1▲図2
- ウイルスはそれ自身単独では増殖できず、生きている細胞の中でしか増殖できません。空気中やドアノブ等に付着しているだけでは、核酸とたんぱく質の塊にしかすぎませんが、体内に侵入して複製を繰り返すことで増殖していきます。
- マラリアは蚊が媒介動物で、ペストや食中毒はネズミやノミが媒介動物です。これらの媒介動物を駆除することによって、病気の拡がりを防ぐことができます。
- 新型コロナウイルス感染症では、媒介動物が人間であるため、人が動き、多数の人と交わることによって病気が拡がっていきます。
- インフルエンザや普通感冒などではウイルス量が増え、症状が出だした頃より感染力が大きくなります。厄介なことに、この新型コロナウイルス感染症は症状が出る1~2日前より感染力があります。熱があり、味が分からないなどの味覚異常などの症状があれば、新型コロナウイルス感染症にかかっているかもしれない、人にうつすかもしれないと思われるでしょうが、症状が全くなく、熱もなく元気な普通の人が感染力のあるコロナウイルスを持っていて、自分でも気がつかないうちに他の人に感染させる危険性があるのです。ですからマスクが重要なのです。
- 食事をする時にはマスクをはずします。人と会食する時にはマスクをはずして話をします。特に多人数での会食の時などは声も大きくなりがちで、より唾液が散る可能性が高くなります。だからマスクをはずして声を出す時が一番危ないのです。
- 今回のコロナウイルスには鼻咽頭にもウイルスが付着しますが、唾液の中にもウイルスがいます。PCR検査をする時に唾液を検査するのも、唾液中にコロナウイルスが入っているからです。
- この新型コロナウイルス感染症は、数週間で世界中に拡がりましたが、アフリカにエボラ出血熱という強毒なウイルス感染症があります。このような強毒なウイルス感染は今回のように短時間では拡がりません。それはウイルスが強毒で、媒介動物である人間・宿主がすぐに死んでしまうとウイルスも死んでしまうため、拡散しないのです。
- 基本的には、ウイルスは種特異性があり、普通は種を超えて伝染はしません。しかし、人が世代交代に要する年月よりはるかに速く増殖するため、遺伝子の写し間違いがランダムに短期間に何度も起きやすくなります。そのため、遺伝子が変異しやすく、元々は動物にしか感染しなかったウイルスが人間にも感染するようになるのです。
- 今回の新型コロナウイルス感染症は、SARSやMERSよりは死亡率が低いですが、人と人とでの感染がしやすくなっています。
- 一般的に空気が乾燥しているとウイルスは微小で軽く、空気中に浮遊する時間が長くなります。反対に、空気中に湿気が高いと空気中の水分がウイルスにくっつき、重くなって下に落ち、浮遊ウイルスは減少します。風邪やインフルエンザが湿気の多い夏よりも乾燥する冬に多く流行るのは、昔はストーブの上にやかんを置いて湿度を保っていましたが、最近は電気暖房でますます乾燥し、湿度が低下していることがその原因の一つと言われています。
- しかし、今回のコロナウイルス感染症は夏でも暖かい国でも流行しています。もし他が同じ条件ならば湿度の高い方が流行の頻度が低いと思われます。
- 今回の新型コロナウイルス感染症の最大の問題点は、症状が出る前から感染力を持っていることです。症状が出る2日前から感染力を持ち、最も感染力が強いのは発症2日前から発症5日目までと考えられています。
- 先日、厚生労働省が新型コロナウイルス感染症患者の入院治療における退院基準を発表しました。
- A .有症状者の場合
①発症日から10日間経過し、かつ、症状軽快後72時間経過した場合、退院可能とする。
②症状軽快後24時間経過した後、24時間以上間隔をあけ、2回のPCR検査で陰性が確認できれば、退院可能とする。
- B .無症状病原体保有者の場合
①検体採取日から10日間経過した場合、退院可能とする。
②検体採取日から6日間経過後、24時間以上間隔をあけ2回のPCR検査陰性を確認できれば、退院可能とする。 - この事に関してはCDC(アメリカ疾病予防管理センター)が詳細な論文を出しています。その中で
- ①複製能力のあるウイルスが検出される可能性も発症後に低下する。
②軽症から中等症の新型コロナウイルス感染症患者の場合、発症してから10日すれば複製能力のあるウイルスは検出されない。
③大規模な接触者の追跡調査によると、発症から6日以上経過した患者に接触しても、家族や病院スタッフは感染しなかった。
④複製能力のあるウイルスは発症して3週間もすれば分離されなくなるが、コロナウイルスRNAは上気道検体から最大2週間検出続ける可能性がある。この持続的陽性の患者に接触した790人の接触者に二次感染は見られなかった。また、これらの患者のうち108人から複製能力のあるウイルスを分離する取り組みをしたが、分離されなかった。
- 以上より、新型コロナウイルス感染症が軽症から中等症の患者の場合、発症してから10日すれば感染しなくなる。発症2日前から発症5日間が最も感染力が強い。特に発症2日前から発症までの期間は本人も症状や他人に感染させているという意識がなく、最も感染のリスクが高く、マスクが重要であると言えます。
- 新型コロナウイルス感染症の拡大を防ぐ方法は、まず感染力を持った人をチェックし、その人たちをいち早く社会から隔離をすることだと思います。それには、「新型コロナウイルス接触確認アプリ(以下COCOA)」を利用し、精度の高いPCR検査をどんどん積極的にすることが有効だと考えています。COCOAは一部の人のみの利用では効果が上がらず、出来るだけ多くの人が利用することが肝要です。
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2.新型コロナウイルス感染防止策と課題
2020年初頭から種々のコロナ対策が行われ、中でも手洗い・うがい、マスク、検温習慣、三密の回避の新生活様式とも呼べる生活習慣が定着しつつあります。さらに、緊急事態宣言での移動制限や集会・営業自粛要請、PCR検査体制の拡充および治療病床の確保等により、「予防」・「発見」・「治療」のレベルは上がってきています。しかし、いまだに感染者が劇的に減少していないため、「封じ込め」が大きな課題となっています。 - 「封じ込め」には感染者経路を把握することにより濃厚接触者の早期診断、感染していた場合の早期隔離・早期治療が必要です。感染経路の調査は各地の保健所を中心に聞き取り作業が行われますが膨大な作業です。また、いつどこで感染したかの不明な事例も増えており、感染の拡大とともに調査は難航しています。
- このことにより無症状感染者の把握が十分にできず、自分が感染力のあるウイルス保有者である自覚のないまま日常生活をおくっていることが感染の拡大の要因の一つと考えられています
- 11月からの第3波と呼ばれる感染の急拡大の中で、神奈川県のように濃厚接触者のすべてを調査することを一時中止し、クラスターが発生した場合にリスクの高い家族や介護施設等の感染者経路の調査に限定して実施する方針を打ち出したところもあります。しかしこれは限りのある保健所の人的リソースを重症化予防に一時的にシフトしたものであり、感染経路の把握が重要な予防対策であることに変わりはありません。特に、昨今話題となっている変異株については、より早い感染の情報把握が必要であり、国の基本政策としてもコロナ感染者をできるだけ早期に徹底して見つけ出すことが重要であることに変わりはありません。
- しかしながら、人手に頼っての感染経路調査は、感染者拡大の局面では難しいことが証明されています。デジタル化された情報の共有化などITを人的作業とうまく組み合わせて濃厚接触者等が早期に検査を受け、「封じ込め」の実効性を高めていくことが期待されています。
- この目的のための一つが、新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER=SYS)であり、もう一つが新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)です。次章では、COCOAについて概説します。
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3.COCOA(接触確認アプリ)の概説
目的と仕組み
COCOAとは厚労省提供のスマホ向け無料アプリであり、スマホの近接通信機能(ブルートゥース)を利用して自分も知らない間に感染者と接触した可能性を利用者に知らせることを目的とします。感染者と利用者はお互いにわからないようプライバシーが確保されています。
- 感染の登録
感染の確認された本人がPCR検査等の際に登録した電話番号 又はメールアドレスあてに、保健所等よりSMS又はメールで「処理番号」が通知されます。通知を受けた本人が陽性登録に同意し、アプリ上で「処理番号」、症状の有無、発症日または検査日を入力すると、陽性登録が 完了し、接触した可能性のある人に通知が行われます。
- 接触確認の通知
COCOAアプリの「陽性者との接触を確認する(14日間)」を選択すると、感染者と1m以内で15分以上接触した可能性のある人に、件数と接触日が通知されます。この時、相手がだれかは通知されません - この通知を受けた方は、相談窓口や医療機関等の受診先について、アプリ上でまたはコールセンターで案内を受けられます。 通知を受けた方が検査を受ける場合、検査に係る本人の費用負担は発生しません。
- COCOAの課題
できるだけ大勢が利用することにより、感染拡大防止効果が高まりますが、有効利用率70%に対し、現在の利用率は20%未満にとどまっています。
- また、感染者が自ら同意して、アプリに感染登録をしなければならず、すべての感染者が網羅されるという保証がありません。
- 電話番号、位置情報など個人が特定される情報は記録されず、どこで、いつ、誰と近接したか、互いにわからない仕組みになっています。それにも関わらず、その周知が十分でなく、個人が特定されそれにより周囲から差別を受けるのではないかとの心配等が導入見送りの足かせになっているとも言われています。また、アプリに不具合(ソフトウェアのバグ)が見つかるなど、まだまだ不完全な部分もあります。
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4.さいごに
新型コロナウイルス感染症がはじまって、早1年が過ぎています。まずご自身でできるCOCOAからはじめていただきたいと思っています。また、今後始まるコロナウイルスワクチンもかなり効果が期待されます。 - 何とかこの新型コロナウイルス感染症のひろがりをおさえたいと願っています。皆さまのご理解とご協力をよろしくお願いします。
(井上病院広報誌「はいのたね」2021年4月発行第29号より転載)