専門医による医療解説


けんしんの話

 岡林孝弘

  • 皆様、「けんしん」は受けられていますか?実は「けんしん」には色々な「けんしん」があり、私たち医療者も含めて理解が十分ではないこともあります。漢字で書くと、「健診」と書く場合と「検診」と書く場合があり、基本的には異なる意味合いになります。

  • 健 診と 検 診の違い
  • 「健診」とは、「健康診断」あるいは「健康診査」のことで、健康状態を診断するものです。
  • 人の生涯における健康診断では、出生後は母子保健法により乳幼児健康診査が行なわれています。学校健診は1958年の学校保健法(2009年より学校保健安全法)施行により健康評価を目的とする集団健康診断として決められています。発育や学校生活に影響する異常や感染症などの疾病がないか検査します。職場での定期健診は労働安全衛生法で定められています。2008年から始まったいわゆるメタボ健診は40歳から74歳までを対象とした生活習慣病などの成人病やその危険因子の有無を検査する特定健診(特定健康診査)といいます。いずれも健康状態をチェックして病気の危険因子を見つける「一次予防」の検査を行うものです。何らかの異常が発見されれば、医療機関受診や生活指導が行われます。
  • これに対して「検診」とは癌などの特定の疾患を見つけるために検査を行うことです。病気を早期発見して、適切な治療につなげることを目的としています。職場で受けられる定期健診には「定期健康診断」とともに「癌検診」などの項目を含めて行う場合もあり、全身的に詳しい検査を行う「人間ドック」を補助している場合もあります。「けんしん」の意味が混乱する
    一因にもなっています。

  • いずれも、「けんしん」の対象は、病気や異常があるとは思っていない方であり、判明している病気で治療中の人はその疾患に関しては「けんしん」する意味はありません。治療中の疾患については診療を受けている医療機関で疾患の状態を適宜「診療行為」として診査・検査が行われています。この件に関して、我々も患者さんに「今日も検診しておきましょう…」のような表現を使って、病気の具合を評価しましょうと言うべきところを誤用することがあり、言葉の意味合いを混乱させている責任がありそうです。

  • がん検診について
  • ここからは、主に「がん検診」についてお話ししましょう。「がん検診」には個人が任意で受ける「任意型がん検診」と集団全体の癌死亡率を下げることを最終的目標とする「対策型がん検診」があります。任意型がん検診は個人の死亡リスクを下げることが目的で、費用は基本的に全額自己負担である場合が多く、人間ドックが典型例です。
      任意型がん検診 対策型がん検診
    目的 個人の死亡リスクを下げる 集団全体のがん死亡率を下げる
    費用 全額自己負担 一部の自己負担
    実施例 人間ドック 市町村でのがん検診
    その他保険事業
  • 現在、対策型がん検診は5大がんといわれる「胃がん」「大腸がん」「肺がん」「乳がん」「子宮頸がん」を対象として有効性が確立された検査方法で実施されます(下表)。費用の多くを公費で負担しており、一部の自己負担でがん検診を受けることが出来ます。厚生労働省の指針に基づき、市町村の事業として行われるほか、職域・医療保険者等の保健事業として行っているケースもあります。
      胃がん 大腸がん 肺がん 乳がん 子宮頸がん
    検査法 問診
    胃X線または
    胃内視鏡検査
    問診
    便潜血
    問診
    胸部X線
    喀痰細胞診
    問診
    視触診
    マンモグラフィー
    問診
    細胞診
    検診
    間隔
    2年に1回 年1回 年1回 2年に1回 2年に1回

  • 現在、わが国の死亡原因の第1位は「がん」であり、早期発見・早期治療により癌死亡を減らすことが「がん検診」の目的です。従って、「がん検診」の有効性を評価することが必要です。これには癌死亡の減少という結果以外に、検診にかかるコストに見合う成果であるか、検診に伴うデメリットを超える有効性があるかなどを検証しなければなりません。癌死亡の減少により、その集団の平均寿命が延びるという結果を得るまでには、統計や疫学的に長い年月を要することから、実際には有効性の証明が不十分なまま行われてきたものもあります。検診の有効性が認められるのは、慢性疾患が対象疾患で有病率がある程度高いこと、比較的簡便で費用が高くない検査法であること、そして精度が高いことが必要です。簡便で被験者に負担の少ない検診法でなければ、対象者の検診受診割合は低くなってしまいます。

  • 結核検診と肺がん検診
  • 結核の新規感染者や死亡者が多数いた1951年に制定された結核予防法に基づいて胸部X線検査が行われてきました。胸部X線検査では、結核以外に年々増加してきた肺がんの検出にも使用され、1987年の老人保健法(2006年高齢者医療確保法に改正)により肺がん検診が組み込まれました。結核予防法は結核患者の減少に伴い、2007年に廃止され、結核対策は感染症法の中に組み込まれました。
  • こういった対策型検診の基盤となる法律が歴史的に変遷していることに加え、検診の対象者とけんしん実施主体(国・市町村・事業所など)の組み合わせが複雑なため、各個人にとって受けている健診あるいは検診がどのようなものか分かりにくくなっています。
  • 肺がん検診では、40歳以上を対象とした胸部X線検査と喫煙者などのハイリスク集団を対象とした喀痰細胞診が行われています。喀痰細胞診が対象としているのは、主にX線で検出できない中枢気管支に発生する扁平上皮癌です。







  • がん検診の疑問
  • Q①:毎年職場の検診を受けていれば、別に「がん検診」は受けなくてもよいですか?
    →A①:目的が異なりますので、対象となる方は適切な「がん検診」を受けることを勧めます。
  • Q②:「がん検診」を受けていれば、必ずがんが発見できますか?
    → A②:残念ですが、一定の割合で発見できないがんはあります。また、がんが疑われたが、がんではない偽陽性もあります。このため、検診の精度管理が重要です。
  • Q③ :検診でがんが見つかったのに、すでに進行していて根治不能でした。
    →A③:「がん検診」では、早期の状態でがんを発見して根治できることを目指していますが、肺がんでは手術できない状態で発見されることもしばしばです。
  • Q④:肺がんの見落としを避ける検診(検査)方法はないですか?
    → A④:CT検査なら見落としは少なくなります。しかしながら、「がん検診」に応用するには、費用・被曝量・要精検率などの問題もあり、現時点では有効とされていません。

  • CT肺がん検診の可能性
  • 従来、多数の対象者に対する胸部X線検診は間接撮影法という撮影法で行われました。長巻のロールフィルムに一人10cm角の大きさで撮像します。撮影や読影の効率性のためでした。最近はフィルムを使わないモニター診断をするデジタル方式となっています。
  • 肺がんの割合では、肺野末梢部発生の肺腺癌が多くなっています。早期の肺腺癌を検出するのは胸部X線では困難なことが多く、欧米では検診の有効性が認められないとの報告もあります。診療用CTなら肺の微細病変も発見できますが、X線検査よりはるかに多い被曝量と多くの情報を処理・読影する設備・人員などの課題で検診には使えません。1994年ごろから試験的なCT検診の試みが検討されています。
  • CT機器は年々進歩しており、連続してらせん状に撮影するヘリカルCTそして多列検出器CT(Multi detector-row CT=MDCT)の発達により、被曝線量を少なく(低線量)、検査時間を短くすることが可能となることから、CT肺がん検診は現実性を持ってきています。さらに、読影に際しては近年急速に発達しているAIによる判定も期待されています。
  • このように検診の方法は歴史的変遷があります。将来に向けては新しい画期的な検診法が見出される可能性もあります。血液や尿や唾液などで苦痛なく病気が検出できるようになるかもしれません。すでに先進的な研究は散見されますが、任意型がん検診ではなく対策型検診に適用するまでには至っていません。

  • 症状のない時に 適切なけんしんを 定期的に受けることをお勧めします!