専門医による医療解説


すい臓がんについて

井上病院 院長 森 雅信

  • はじめに
  • すい臓がんと聞くと、”不死の病”、”手術を受けた人がいたがすぐに亡くなってしまった”。”怖い病気”、”胃がんや大腸がんならわかるけど・・・?”、などの印象をお持ちと思います。そもそもすい臓ってどんな働きをする臓器かご存知ですか?今回はすい臓がんのお話をさせて頂きますが、皆さまに少しでも、すい臓やすい臓がんについてのご理解をいただけたらと思います。
  • すい臓とはどんな臓器?
  • すい臓は胃の裏側にある臓器で右側の端は十二指腸に、左側の端は脾臓に接しています。長さ約15~20cm、幅3cm、厚さ2cm程度、重さ60~100grの横に長い臓器です。すい臓の十二指腸に接した方をすい頭部、身体のまん中から左側の方をすい体部、尾部といいます。
  • 食べ物が十二指腸に入ると、すい臓で作られたすい液がすい管を通って十二指腸に分泌され、それに含まれる消化酵素が炭水化物、たんぱく質、脂肪を消化分解します。これがすい臓の外分泌機能です。すい臓にできるがんのうちの90%以上は外分泌に関係した細胞、特にすい液を運ぶすい管の細胞に発生します。一般にすい臓がんといえばこのすい管がんのことを指します。すい臓のもう一つの重要な働きは、血糖値をコントロールするインシュリンやグルカゴンなどのホルモンを血液中に分泌する内分泌機能です。この細胞から発生する腫瘍は”神経内分泌腫瘍”といわれますがここでは触れません。
  • すい臓がんは増えている
  • 近年、世界的にも増加傾向にあるがんで、2017年の統計では肺、大腸、胃に次いで日本におけるがん死因の第4位(肝臓がんは5位に転落)を占めています。すい臓がんは60歳代に多く、若くて40歳代、ほとんどは50歳から80歳くらいに発症し、やや男性に多いがんです。すい臓がんのうちの約7割がすい頭部がんです。残念なことに、その診断と治療はいまだに難しいことが知られていますが、早期発見できれば治る可能性は高くなります。すい臓がんには、これがあるとすい臓がんになりやすいといった危険群が特定できないことと、初期には特有の症状がないことが早期発見を難しくしています。
  • タバコが原因のがんは肺がんだけではない
  • すい臓がんの危険因子として、生活習慣の中で最も強く示されているのは喫煙です。米国の研究によれば喫煙者は非喫煙者に比べ2.5倍リスクが高いといわれています。肺がんと同様、喫煙本数が増えるに従って危険度が増大します。また肺がんと同様、禁煙の期間が長くなれば危険度が下がってくるので、愛煙家の方々は今からでも禁煙してください。
  • 飲酒やコーヒーとの関連も指摘されますが、はっきりしたものではありません。ただ飲酒に関しては、同じすい臓の病気である急性すい炎や慢性すい炎との関連は明らかであり、当然のことながら過ぎてはいけません。他の生活習慣要因として、肥満、毎日の高脂肪食、肉類の過剰摂取がリスクを増大させるといわれています。また野菜や果物摂取がリスクを低下させる可能性が示されています。その他の危険因子ですが、親や兄弟がすい臓がんであったり、身内に遺伝性すい炎があったり、あるいはご自身に慢性すい炎や糖尿病があるとかが、すい臓がんの危険因子になります。
  • すい臓がんの症状
  • 約1/3の症例の最初の症状は腹痛ですが、胃のあたりが重苦しいとか、なんとなくお腹の調子が良くないとか、なんとなく食欲がないといった漠然としたものも多いです。他に黄疸、腰や背中の痛み、倦怠感、体重減少などです。黄疸はすい頭部のすぐ裏の胆管ががんによって詰まって起こる症状なので、主にすい頭部がんで起こります。身体や白目が黄色くなったり、かゆみがでたり、尿の色が濃くなったりします。一方自覚症状がなくたまたま人間ドックなどで発見されるものもあります。歳をとってから糖尿病を発症したとか、糖尿病の治療中に血糖値のコントロールが悪くなるとかを契機としてすい臓がんが見つかるといったことも経験します。
  • すい臓がんの検査
  • すい臓がんを疑ったら、まず血液検査をします。アミラーゼやエラスターゼといった血液中のすい酵素とか、肝機能検査、黄疸の有無などを調べますが、すい臓がんに特有なものではありません。CEAやCAI9-9などの腫瘍マーカーもチェックします。
  • 次に行う画像診断がとても重要です。まず、体外式腹部超音波検査をします。簡便で患者さんの苦痛もなく、非常に有用な検査ですが、肥満やお腹のガスが邪魔になったりして、すい臓全体を写し出すことがけっこう困難なことがあることが欠点です。超音波検査では異常がはっきりしない場合でも、症状や血液検査のデータですい臓に病気のある可能性がある場合には、造影剤を静脈に注射しながらのX線CTやMRI検査を行います。MRCPといいますが、MRIを利用してすい管や胆管の情報を得ることができ、すい臓がんの拾い上げに役立っています。もちろんここまでに上部消化管内視鏡検査なども行い、胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍などの一般的な病気の有無を調べておくことも重要になります。これらの検査は患者さんの負担も少なく、通常の外来診療の中で行うことができます。
  • ここですい臓がんと診断されたら、さらに診断を確定するための、あるいは治療方針を確定するための、精密検査へと進むことになります。最近のすい臓がんの診断法の進歩はめざましく、すい管や胆管への内視鏡検査や、内視鏡を使っての超音波検査、細い針で腫瘍を穿刺して組織を採取したり、すい液を採取しての遺伝子診断、またCTやMRIの機器の改良もどんどん進んでおり、PET検査も登場し、診断技術は確実に向上しています。
  • おわりに
  • すい臓がんはお腹のがんの中で、もっとも治療の困難ながんの一つですが、早期に発見されれば、治る可能性がそれだけ高くなります。喫煙の他、糖尿病の悪化などの危険因子があったり、お腹の痛みや重苦しさ、背中の痛みなどの症状があれば、あるいは何となくお腹の調子がおかしい、なんとなく食欲がないといった程度の症状でも、市販の胃薬だけ飲んでお茶を濁すようなことをせず、病院を受診して検査を受けて下さい。今回は触れませんでしたが、比較的治りやすいすい臓がんもありますので、怖がらずに専門医を受診することをお薦めいたします。