専門医による医療解説


気道ステントについて

岡林孝弘

  • ステントとは?
  • ステントという言葉は聞いたことがあるでしょうか?よく聞くのは狭心症や心筋梗塞に対しての冠動脈ステント療法などです。これは、狭くなったり、閉塞したりしている心臓の血管へ金属製の構造物を留置して血管の内腔がつぶれないようにし、血流を保つ目的で行われる治療です。
  • 一般的に般的にステントとは、金属製あるいはプラスチック製の筒状のもので、血管、気管、消化管、胆管、尿管など人体の管腔臓器を内部から広げるために留置されるものです。その語源としては、19世紀のイギリス人歯科医Charles T. Stentに由来するとされています。1980年代には、血管や気道に対する種々のステントが開発され、臨床応用されだしました。アメリカの放射線科医Charles T. Dotterなどにより、動脈や静脈などの血管狭窄に対して、バルーンで拡張した後、拡張を維持させる種々の金属製ステントが開発されました。折り畳まれて円筒状の拡張力を持つステントは、血管以外の胆管や気管の狭窄にも応用されました。

  • 気道狭窄の原因と気道ステントの適応
  • 主に肺癌などで気道狭窄を来した場合に、呼吸を確保するためにステントを狭窄部位へ留置し、窒息を防ぐことを目的としています。
  • 気道とは気管から左右の気管支、さらに各肺葉気管支から末梢の終末気管支までを含みますが、窒息防止のためには主として気管から左右主葉気管支までの中枢気道の狭窄が対象です。それより末梢気道で狭窄・閉塞しても、窒息に至らせないためです。
  • 良性の気道狭窄には、気管支結核治療後や気管切開後の瘢痕性狭窄、さらには肺移植後の気管気管支吻合部位狭窄などがありますが、ステント治療を要するような気道狭窄は肺癌などの悪性疾患に伴うケースが多数を占めます。肺癌以外の食道癌、転移性肺癌、中枢気道周囲の転移リンパ節などが原因の場合もあります。

  • 気道ステントの適応
    ・ 50%以上の気道狭窄で、窒息の危険性がある場合
    ・ ステント留置により、呼吸困難症状の改善が期待できる場合
    ・ 一定期間の生命予後が期待できること
    ・ 気管食道瘻などの瘻孔閉鎖を目的とする場合
    これらの条件をもとに、患者さんの状態や様々な危険性を考慮し、適応を検討してゆきます。

    (右写真:我が国で硬性気管支鏡による気道ステント留置の指導を行うJean F. Dumon博士)






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  • 気道狭窄のタイプ 主として図のような3つのパターンに分類できます
  • a) 気道の主に内面に突出して発育し、内腔を狭くしている場合
    【治療】 気管の内腔の腫瘍を取り除きます。最善の手段として、外科手術で切除し、上下の気管を縫い合わせることで根治性が得られることがあります。しかし、根治的な手術は不可能なことが多く、こういった場合に内視鏡的なレーザー焼灼などで気道狭窄を解除します。その後にステントを留置すれば、腫瘍の再増殖による狭窄を防止できます。
  • b) 気管などの外側に主に病変があり、外からの圧迫による狭窄
    この場合は気道の内側の粘膜面は保たれたままの狭窄となります。
    【治療】 内視鏡的な腫瘍切除はできず、主として気道ステント留置が選択されます。狭くなっている気管内腔を広げるためにバルーンによるステント留置前拡張を行い、シリコン製ステントあるいは自己拡張型金属製ステントなどを留置します。
  • c)  これらa)・b)両者の性格をあわせ持つ場合
    【治療】 両者の治療を組み合わせて気道狭窄に対処します。処置中に腫瘍からの出血や脱落などがあるため、主として全身麻酔による呼吸管理を行いながらの処置となります。金属製ステント留置する場合は軟性気管支鏡でも可能ですが、シリコン製ステント留置を目指す場合や不測の事態への対処を考えたら硬性気管支鏡が安全であり、当院ではこういった場合には硬性気管支鏡下の処置を行っています。

  • 気道ステントの種類
  • シリコン製ステント(=Dumonステント)1980年代後半にフランスのJean F. Dumonがシリコン製ステントを硬性気管支鏡を用いて留置する、気道狭窄治療を開発、発展させました。このステントは現在までも、気道ステントの標準となっています。ストレートタイプと気管分岐部へ留置するY字型のものがあります。

    利点: 狭窄が解除され不要となれば抜去可能。
    (留置時と同様に全身麻酔下に硬性気管支鏡が必要)

  • 金属製ステント 形状記憶合金ワイヤを折り畳んだ自己拡張型のウルトラフレックスステントがあります(左写真)。小さい径で狭窄部位へアプローチでき、シリコン製ステントよりも留置は容易です。拡張するとその網目構造の隙間から腫瘍がはみだすことがあり、その防止目的にポリウレタン膜でカバーされているカバー付きウルトラフレックスステントもあります。もう1種、レーザーカットされた形状記憶合金製金属ステントを、ポリウレタン膜でフルカバーしたいわゆるハイブリッドステントとして、エアロステントという製品もあります。
     
    利点:拡張力を持つ
    欠点:一度留置すると不要になった際に取り出すことが極めて困難なため、良性疾患による狭窄では使用しないことが推奨されています。

  • 気道ステントの注意点
  • カバーなしのステント以外では、気道内面の粘膜面がステントで覆われるため、正常粘膜の持っている痰を排出するための繊毛運動が阻害されるというステントのデメリットが生じます。このため、痰がたまることを防ぐため、吸入などを行うことがステント留置後は必要となる場合があります。

  • 硬性気管支鏡
  • 硬性気管支鏡は19世紀末に開発され、金属製の筒状をしており、その筒(外套管)の中にテレスコープが入り、ビデオモニターで内部を観察します。内部空間を通して換気と呼吸管理をしながら種々の処置が可能です(右図)。

    硬性気管支鏡により大きな組織採取や腫瘍からの出血を圧迫止血することも可能で、狭窄部位を広げた形で気道を確保し、ステント留置が容易となります。

    本邦では、旧「国立がんセンター」の池田茂人先生が軟性気管支鏡を発明され、発展してきたという歴史があり、気管支鏡といえば軟性気管支鏡を指すのが一般的です。軟性気管支鏡は通常局所麻酔下で行われ、主に診断などの検査目的で使用されます。
  • 一方、硬性気管支鏡は全身麻酔を必要とし、治療目的で行われます。近年、気道狭窄に対処する目的で硬性気管支鏡の重要性が見直され、まだ少数の施設ですが使用されています。気道ステントを留置するような処置を行う際には、硬性気管支鏡を使用する場合にも軟性気管支鏡を併用して観察や処置を行います。(右写真:硬性気管支鏡を組み立てたところ)

  • 最後に
    肺癌などの悪性気道狭窄例では、ステント留置は窒息防止が主たる目的であり、元の疾患に対する治療ができなければ、長期生存は困難です。呼吸困難という癌に伴う大きな苦痛を緩和するひとつの手段としての治療法と位置付けられます。